21世紀学び研究所の理事であり、人材ビジネスを手がける株式会社ウィルグループの代表取締役会長 兼CEOの池田さんに、ご自身の活動やOS21が企業に求められる理由についてインタビューを行いました。
─池田さんが現在力をいれていらっしゃるご自身の活動について教えて下さい。
今は事業経営に専念しています。事業領域としてはウィルグループのビジョンである、『働く、遊ぶ、学ぶ、暮らす』が中心です。『働く』に関しては社内でも推進できるメンバーが揃ってきていますので、私は新しい領域に目を向けています。新規事業開発、海外領域への戦略ですね。中長期的には社内のコーポレートユニバーシティに力を入れていきたいと思っています。
─現在の活動を初めた理由はどのようなことがきっかけだったのですか。
母の死や阪神淡路大震災を経験して、人生というのは有限であると痛感させられました。命はかけがえのないもの、ダラダラ生きているのはもったいないと思ったことがきっかけです。とは言え、当時は「自分はこの為に生まれてきた!」という、人生の目的や使命を持っていませんでした。自分の意志で人生を切り開いているという感じが全くなかったので、何か目的が必要だと思ったんですね。そうした時、良い意味で父が反面教師となり、父ができなかった経営者になるという目標ができました。それから、目標にどう近づいていこうか、今何をすべきかなど、目標へのルートを考えるようになったのです。現状のままではいけないと思い、経営の裏側を学びに会計事務所に就職をしました。就職の目的は経営者になることでしたから、今から考えると、この時点では使命をもったというより、職業に目的をおいていたんですね。
─ウィルグループはビジョンやミッションに重きを置いた企業だと思いますが、この時点で目的や使命感などはお考えではなかったのですか。
まったく考えてなかったです(笑)。当時は学生で、司馬遼太郎の『坂の上の雲』や『龍馬がゆく』などに憧れていました。激動の時代を生きる男として、自分も熱い生き方をしたいとは思っていましたが、日常は相変わらずでした。学校では大した勉強もせず、これだったら間違いをしないという最大公約数の選択肢を取ってしまいがちでした。
─池田さんが活動を進め、経営者になるまでにどのような困難がありましたか。
経営者になるまでは修行時代として捉えていたので、困難は感じなかったです。すべての物事が経営につながると考えていたので、いつも充実していました。しかし、「経営者になる」という目標を持ちながら、周囲に流され思考停止になることもありました。それが改めて自分に違和感を感じさせ、働き方や環境を変えなければ経営の道はないと思いましたね。これが、ターニングポイントになり働く場所を変えました。小さな会社のベンチャー企業に飛び込み、個人の影響力が大きい環境に活動の場を移しました。働く=給料を貰うではなく、働く=自己実現のためのトレーニング先として転職先を選びました。
─経営者になってからの困難をお聞きしてもよいですか。
経営者になることを目標としていたことです。経営者になって「社会にどのような価値を与えていくのか」をまったく考えていなかったのです。修行時代を終え、いざ経営者になってみたものの、日々単なる商売をやるだけでした。創業時は売上と利益の数字ゲームをやるだけで、そこに喜びや誇りは感じませんでした。ミッションとビジョンがなかったからです。それでも自分たちの可能性は信じていました。しかし、ベンチャー企業でしたので資本も実績もなく、どこにいっても信用されず、門前払いの毎日です。当時はいつ会社を畳んでもよい精神状態でした。
しかし、自分たちの可能性を自分たちで潰したくないと思い、小さな積み重ねを続けて実績に変えました。その当時も経営者としてはかなり未熟で、社員からは理念がないと言われていました。何故この会社なのかをしっかり伝えられる経営ができていなかったと思います。会社は存続していましたが、これが一種の挫折でした。
そんな時、堀場製作所の会長である堀場さんにお会いする機会があり経営者としての心構えについて相談しました。堀場さんから「若くして理念、云々で悩まず、まず目の前のお客さんを大切にしなさい。商売に没入して自問自答することで、自分の中で譲れないものを見つけること。言葉で人を操るようなことはいらない。現場のお客さんを大切にして今何が必要か、社員に素直に伝えていればいい。」と言われ、曇っていた心が晴れました。まずは現場に集中していくことで、自然と自分が大切にしたい思いや価値観が見えてきたのです。それが積み重なった結果、2003年に会社のビジョン、ミッション、バリューが確立されました。
「個と組織をポジティブに変革するチェンジエージェント・グループ」というミッションが誕生するキッカケになったのも、スタッフやお客様との関わりの中で、何をスタッフやお客様にもたらせるのであろうという考えがポジティブに繋がっていったからです。私達が提供しているのは単なる人材の供給ビジネスではなく、その人たちが活躍し、お客様の現場が変わる、そこに私達はフォーカスし存在意義を追求しました。私達のサービスに出会った人達が幸せになるという意味で『ポジティブ』というキーワードは自分の中で強くなりました。それまでの会社は烏合の衆でしたが、ミッションが固まってからは仲間と心でつながり、真のチームワークができあがったと思います。ここでやっと経営者としてスタートラインに立てた気がしましたし、会社も伸びました。
─会社として社会へ提供する価値がはっきりしたのは、創業からどのくらい経った時でしたか。
6年ですね。6年間は自分たちができることだけを考えてやっていました。こんなにも時間がかかったのは、私の中でリアリティを感じる、しっくりしたものがなかったからです。経営理念集のようなものも読みましたが、表層的な言葉遊びでは意味がないと思いました。自分の言霊を見つけるという感じですね。私らしい「これが何よりも大切」というものを探し続けていました。その中で見つかったものは、『人の可能性を信じて挑戦する、自らの力を発揮する』という考えです。自分の中では動機付けというよりも勇気付けという方がしっくりきます。
─池田さんは、これからどんな未来を実現したいですか。
世の中のネガティブをまったくのゼロにするのは難しいと思います。人間社会で起こっている様々な出来事は人間の心の反映であり、心が100%善な人はいないと思っているからです。人には喜怒哀楽がありそれが良いのです。どうしてもネガティブなマインドを持ち、行動してしまうこともあると思います。ですが、51対49でもポジティブの量を相対的に上げていくと、世の中は前進すると思います。私たちは社会のポジティブ量を上げるインフラ企業でありたいのです。人生の中でポジティブな選択肢が増え、ポジティブな選択肢のほうが圧倒的に多いという社会を作りたい。どんな状況でもポジティブが選択できるように、様々な領域にイノベーティブなサービスを仕掛け、社会を良い方向性に導ける事業群を作りたいと思います。
─ポジティブをもう少し具体的に言いますと、どのようなニュアンスですか。
少しアカデミックな話になりますが、ポジティブというのは、ポジティブ心理学からきています。よく言われているのが楽観は意思、悲観は気分というものです。例えば、ナチスの収容所という極限の状態の中でも、健全な精神の人がいたといいます。普通の人なら諦める状況でも、精神状態を保ち、意志をもって自分ならできるという心理状態を作りだすことができる人がいるということです。今までは精神的に病んでしまった人の研究が多かったそうですが、ポジティブで健康でいられる人の研究は少なかったそうです。しかし、健康であった人達がなぜ健康であったか、ポジティブ心理学がそれを伝えており、そこから学びました。脳天気や無頓着ということではなく、あらゆる状況下でも楽観的で前向きな選択をするマインドを指します。
─人材ビジネスに関わられる中で、今の日本の教育や育成の課題はどのようなことだと思われますか。
一般論になりますが、暗記型教育の限界ではないでしょうか。社会に出てリアルに正解を確かめてみる、正解なのかどうなのか繰り返し試していくことが大切だと思います。しかし、そういう学び方が当たり前にはなっていません。正解することに意義がある、そんな暗黙のルールができあがっていると感じます。社会は不平等ですし、機会も不平等ですよね。営業しない人にお客さんはこないですから、何らかの努力は必要だと思います。
しかし、学校はテストという評価されるチャンスが定期的にやってくるし、誰にでも学びの機会があり落ちこぼれないようにできています。積極的であればあるほどチャンスが大きいかということもなく、逆に失敗を恐れる、失敗は恥ずかしいという雰囲気ができているのではないでしょうか。そうすると、やったことがないことに躊躇する人が増えます。私は、自ら考え行動する機会の提供が必要だと思います。そうしたことを授業として取り入れるためには、感情や心の教育なども必要ではないでしょうか。
─池田さんから見て、企業のリーダーはどのような課題を持っていると感じていますか。
イノベーションの仕方がわからないことだと思います。オープンイノベーションとよく言われていますが、大企業でも自分たちでは難しいと感じているのではないでしょうか。大きな組織になり、成功したビジネスモデルがあると、拡大再生産に携わる人が多いため、イノベーションへのチャレンジをすること自体が難しくなります。
現代は、予定調和的にこうすれば確実に成長していくという時代ではありません。新しい価値を創造していくためのやり方に、正解はないと思います。しかし、そうしたことに挑戦していくにはリスクをともないますし、時間がかかります。イノベーター達の小さな成功体験を長期的に見守る姿勢が企業には必要です。イノベーターを得るのも、育てるのも大変だと思いますが、実際アメリカを見れば様々な国からそうした人材を確保し、育成が出来ているわけで、日本でもできないわけがないと思います。ウィルグループもそうした人材獲得にはまだ至っていないので、社内ベンチャー制度や、事業コンテンスト、VCでコラボレーションするなど様々なことにチャレンジしています。
─最後に、OS21に共感してくださった理由を教えてください。
日本や世界がどうなっていくかという混沌の時代に、一人ひとりの力、国力のベースは人材だと思っています。高齢化社会の中で様々な社会問題を解決していくために、自分を始め特に若者たちが、もっと自分で考えて、試行錯誤をしていかなければなりません。社会が新しいパラダイムになっているので、今まで以上に問題解決力を自分で身につけていく必要があるのです。OS21には答えのないものを創出する、人の基礎づくりができると感じました。それを日本の企業人が持つことによって、世界で通用する人材が溢れると思っています。社会を豊かにする問題解決ができる人を作る基礎教育にOS21がなると期待しています。
池田 良介
株式会社ウィルグループ 代表取締役会長 兼CEO
「事業を起こす」という起業への思いから、1997年株式会社ビックエイドの立ち上げに参画。2000年に株式会社セントメディアとの統合により代表取締役就任。以降、人材サービスを中軸に成長し、2006年親会社である株式会社ウィルホールディングス(現、株式会社ウィルグループ)を設立。「個と組織をポジティブに変革するチェンジエージェント・グループ」をミッションに掲げ、「Working(働く)」「Interesting(遊ぶ)」「Learning(学ぶ)」「Life(暮らす)」それぞれの事業領域でNo.1の会社を作っていくことを目指し、現在、日本全国への展開と海外ではASEANを中心に事業展開を進めている。